生産力を上げるなら聞いて読め_精神科医の聴き読み日記

主にアップルのAirpodsとkindleアプリを使って「耳」で本を読んでます

四国の雄、長宗我部元親、戦国の大谷翔平たる信親、そして盛親

どうにもこの頃戦国づいてしまっているので、blog紹介も偏りがちだが...

 四国の雄といえば、長宗我部元親

 

南海の翼 長宗我部元親正伝 (集英社文庫)

南海の翼 長宗我部元親正伝 (集英社文庫)

 

 

四国の覇者たらんとした元親の家督を継ぐまでの様子がかなり素敵だったりする。

 

元親は大柄な美少年。武芸に嗜むでもなく、部屋にこもっていた引きこもり。故に「姫若子」とまで呼ばれていたのが、初陣にて槍の使いを習うや瞬く間に勇を奮い、一気に家臣団の心をつかむという。

 

土佐の国を豊かにしたい一途な若者が、家臣と謀(はかりごと)を企んでいくうちにいつしか暗い面持ちになっていく。しかし、それでも彼が嫡男信親を失うまでは理性が勝っていたのだが...最後は暗い終わりになるのが辛いところ。

 

漫画で知りたければまずは「センゴク一統記」9巻を。

 

子、信親のことを知りたくば「センゴク権兵衛」4巻。

 

 

なにせこの信親さんたらば、背は高く美少年なのは父元親譲りな上に、元親の英才教育によく応え、武芸にも文芸にも達者で、性格もピカイチ。家臣はもちろん領民ことごとく接する人間は彼に好感を持ってしまう。

 

いや,誰それよと思ったら現代には大谷翔平がいるじゃん、と思ってしまう。まさにあんな人っぽい。

 

この信親、残念ながら22歳にて非業の死を遂げてしまう。

 

時は、秀吉の九州征伐、島津氏との戦。戸次川の戦い。仙石権兵衛(秀久)が無茶な戦いを挑んだせいで、島津氏の策に乗っかり深入りした格好になった長宗我部隊。信親は奮戦虚しく討ち死にを遂げてしまう。*1

 

その場面、「南海の雄」においても「センゴク権兵衛」でも涙なくしては読めないが、とにかくこんな完璧な子を亡くした元親の嘆きっぷりは物凄かった。

 

元親のそれ以後ときたら...それまでは慈悲深く、家臣の尊敬に値する沙汰をしてきたというのに、謀を繰り返してきた故もあってか猜疑心が一層強くなり、冷酷な処断を次々にしていく。あろうことか、次男・三男を嫡子にするのではなく、四男盛親を嫡子にしてしまい家内を混乱させ、さらに信親の娘を盛親の嫁にしてしまう。その変わりようは、漢を興した劉邦晩年や、呉の孫権の晩年に匹敵する感じ。

 

そんな狂ったとしかいえない元親に後継指名された盛親さん。

 

実は「南海の雄」はそんな盛親が影の主人公。

 

盛親は、家督を継いだ後、関ヶ原の戦いでは西軍についたは良いが、戦闘機会をつかめず撤退、その後家康に改易されてしまう。領地を失った盛親は京都伏見でなんと寺小屋の先生となってしまう。

 

そのままなら徳川方に警戒されつつも安穏な人生を送れたのにね...

 

15年もそうしたのち、天下は最後の動乱を迎える。徳川が秀吉の遺児秀頼を倒すべく興した大阪の陣。

 

盛親はその大阪の陣に参陣。そして知っての通り奮戦した挙げ句、最後は伏見にて処刑されてしまう。小説ではそこまで描いてないけど...。

 

元親は、どうやら最初は土佐の国だけを豊かにすべく領地拡大を考えた...と描かれることが多い。でも、器量がある分、いつの時点か、四国統一を考え、それが後の凋落につながってしまうとも言える。そこまで考えなければ、秀吉とも争わず、一大名として後の時代にもずっと残ったのでは、と思うのだが。その実力、中途半端だったのか、それとも生まれた土地が悪かったのか、時勢が味方しなかっただけなのか、よくわからず、というのが正直なところ。

 

合本 夏草の賦【文春e-Books】

合本 夏草の賦【文春e-Books】

 

 

長宗我部元親といえばどちらかといえばこちらの方を読む人が多いでしょう。司馬さんですから。

 

でもこっちの元親はどうにも感情が無い存在という感じ。感情移入するなら天野純希かな。 

 

 

桃山ビート・トライブ (集英社文庫)

桃山ビート・トライブ (集英社文庫)

 

 

天野純希のすばる新人賞受賞作。

秀吉の窮屈な世(天野純希は秀吉治世が嫌いらしい)を三味線ロックバンドで席巻していくという。

 

影の主人公は、秀吉の後継に一時なっていた豊臣秀次、と思う。

 

 

北天に楽土あり: 最上義光伝 (徳間時代小説文庫)
 

 

伊達政宗を知っていれば、男勝りの母親義姫の兄、最上義光(よしあき)の存在はどちらかといえば憎まれ役といったとこだろう。山形を発展させて最上氏は実は領民にとってとても良い領主であり、極めて優れた人だった。

 

最上義光も実は長宗我部元親と似たところはあって、先見の明あり、山形領内を良く統治すると共に、天下の趨勢をよく見極め、甥の伊達政宗と異なり、いち早く秀吉に臣従した。しかし、その後秀次の世が来ると踏んで、愛する娘駒姫を嫁がせたら、途端に秀次は失脚、秀次にまだ会ってもいない駒姫は粛清されてしまう。さらに、子どもへの家督相続を遅らせたら家康に嫡男廃嫡を指示されそれに従ったところ、元親とよく似た悲劇に襲われてしまう。さらに、義光自身は穏やかな最期を迎えるものの、その後の最上氏は後継争い絶えず、結局最上家は大名ではなくなってしまうのである。

 

なんとも最後が切ない最上氏...。  

 

*1:ちなみに何故仙石権兵衛秀久はそんな無茶な戦いをしたのか。小説と漫画では描き方が全く違ってますよ。

読み上げ最強バトル Kindle vs iOS アプリのブック iPhone 編

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kindleの欠点

 

前々からkindleアプリを読み上げに使っていて、基本的には快適なんですが、いくつか困ったなあと思うことがあります。

 

最も困るのは、画面に出していないと読み上げを中止してしまうこと。

そう、kindleアプリがバックグラウンドになると、今読んでいるページが終わった段階で読み上げが止まるんです。

なので、ずっと書面を画面に出しておかないといけない。

 

これはバッテリー消費が早くなります。

かなり大きな弱点と言っていいでしょう。

バッテリーがへたってきた時に読みあげをさせると、バッテリー消費が早い早い。

 

また、図が出てきてしまうと読み上げが止まってしまうのです。これまた大きな欠点であり、そのたびに、ページをめくって、また2本指スワイプさせないといけない、という手間が鬱陶しいことこの上ない。

 

iOSのブックはどうなのか?

 

最近、iOSのアプリ、ブックを使ってみたのですよ。

そうしたら、なんと、ブックはバックグラウンドになっても読み上げを続けてくれるのです!

 

これは素晴らしいです。わかったとき、思わず小躍りしてしまいました。バッテリー消費を著しく抑えることができるはずですから...。

 

 ところが、こんなふうに感動してたらkindle以上に致命的な弱点を発見してしまいました。

 

・図が出てくると読み上げが止まってしまうだけでなく...

 

上述した通り、kindleでは図で止まります。なので、ページめくるか、そこでもう一度2本指スワイプすれば、「読み上げ可能な内容が画面に見つかりませんでした」という声を出したあと,自動的にページが送られ、次のページから再び読み上げてくれます。

 

 

ところが、ブックでは、図が出てくると止まって、さらにフリーズしてしまうんですよ。そこから回復するには、読み上げを中止させ、ブックを強制終了し(iPhone7だとホーム2回押ししたあとブックを上にスワイプ)、再度ブックを起動させなくちゃいけない。

 

しかもしかも、ブックを再起動させると、どうやら強制終了したのがいけないらしく、前回読み上げを始めた箇所までページが戻ってしまっている!!!

 

続きから読み上げさせたいときには、フリーズした図の箇所まで、手動でページをめくってやっと再開させられるという...

 

だめ、絶対却下。

ブックはバックグラウンドで読み上げ継続可能な素晴らしい面がある一方、この図のところでフリーズしててしまうという欠点により、使い勝手が著しく悪いと言わざるを得ません。

 

私は自動車運転中によく聞き読みをしていますが、ブラインドで操作できるkindleに対して、ブックはその致命的欠陥故に、運転中に再起動だの、手動でページ送りなどの操作は命取りです。

 

自動車運転中にブックの読み上げが止まっても絶対に操作してはいけません!!!

 

ただ、図が出てこない小説では良いと思いますよ。うん、図が出てこない本に限ってはブックが使いやすい。

 

なお、今の私の使用条件は、iPhone7、iOS12であることを書き添えておきます。

もしかしたら、iPhoneXsでは違うかもしれないし、今後のバージョンアップで改善される可能性もあるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

読み上げの欠点、そして誤読の直し方(iPhone編)

さてさて、airpodskindleアプリのタッグは極めて強力なのだが、日本語読み上げ時の大いなる欠点は、漢字をキチンと読んでくれない、に尽きる。

 

例えば、

山々 ⇛ やまくりかえし

立花⇛りっか

姉さん⇛あねさん

自己⇛じいつき

なんて読まれるので、くせを知らずに聞いていると何だ今のは?となるし、内容が全く違って頭に入ってしまうことも多い。

 

例えば、

大柄⇛おおへい

「大柄な若者が入ってきた」が、「おおへいなわかものがはいってきた」となり、聞いている身としてはそうか、「横柄な若者」が入ってきたのか、と認識してしまう。その後の若者の描写が真反対で混乱したりすることも。

 

ちなみに私の一番好きな誤読は、

現生人類⇛げんなまじんるい

である。サピエンス全史とか、ジャレド・ダイアモンドの著作を読むとしょっちゅう出てくるのでおかしみがある。

 

サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

 

 

あの「サピエンス全史」は聴き読みオススメ本の最右翼の1つですよ。

超ベストセラーだから、読みたいと思いつつ、読めていない人多いのでは。

こういう本こそ、耳から受動的に頭に入れていくのが良いのです。

疲れずに読めますよ。もっとも一定の知識があると格段に楽ですが。

 

内容的には、序盤の、人間は共通のファンタジーを生み出すことで仲間と協力できるようになったって展開とても新鮮でした。そうか、宗教ってそういう役割なのね、と。

 

歴史ものは誤読のオンパレードだ

 

歴史上の人物であったり、元号であったりは大人であっても読み方が難しいものだが、それにしてもiphoneさんはちゃんと読んでくれないのだ。

 

蒲生氏郷(がもううじさと)⇛がもうしごう

大坂城(おおさかじょう)⇛おおさかいつき

雪斎(せっさい)⇛ゆきいつき

北条(ほうじょう)⇛きたじょう

信長公記(しんちょうこうき)⇛のぶながいさおき

伊達政宗(だてまさむね)⇛だてまつりごとしゅう

 

しごうはまだしも、だてまつりごとしゅうって何よ?ってなもんで、デフォルトで読み上げを聞いていると、ちょっと気分が冴えなくなってくるわけです。

 

耐えきれない誤読は修正しとこう

 

大抵の場合は、誤読も慣れてくるので、聞いても脳内変換していけばいいのだが、それでもやっぱり直したいなあと思うことも多い。

そんなわけで、修正の仕方。

 

iPhoneの場合、

設定⇛一般⇛アクセシビリティ⇛スピーチ⇛読みかた

で登録すればいい。

 

解決ですね。一応ビデオをどうぞ。

 


iPhone読み上げ機能の誤読を修正する

 

 

 

太原雪斎と今川義元 東海に覇を唱えた軍師と名将 (PHP文庫)
 

 

 宮下英樹の「桶狭間戦記」で義元と雪斎のファンになったのならこちら。所々異同はあるけれど、桶狭間戦記で予習をしていたなら、義元と雪斎の出会いから、その最期までかなりすんなり頭に入ってくるはず。
義元の女性への関わりは無いので、そこらへんも知りたいところだけど。

 

 

宮下英樹「センゴク外伝 桶狭間戦記」

すみません、読み上げで読んだのではないですけど。

 

 

 

センゴク」シリーズの外伝。本作の主人公は今川義元である。えぇ?と思いません?


今川義元ですよ?


あの公家ばりにお歯黒して、ほんとに武士かよ?みたいなナヨナヨした外観で描かれることが多く、輿の上で殺されたという。

 

あの桶狭間を描くというのであれば、信長と思うじゃないですか。

 

ところが本作の主人公は義元であり、義元の養育を担当し後には軍師的役割をした雪斎なんですよ。まあ雪斎の今川家における活躍はほぼどの作品でも描かれているのでわかる。多くは、どうしようもない義元も、雪斎が居るから領地運営が成り立っているのであり、雪斎なければすぐにも滅びるだろう、現に死去後ほどなくして桶狭間で敗れているのだ。

 

この前読んだ「信玄の軍配者」なんかではひどい書かれようでしたよ義元さん。

 

という義元だが、実際には名君であった。というかそうでなければできないことを沢山している。そもそも、雪斎が優秀であればあるほど、そんな人が側に居続けるためには、主としてまた弟子として魅力が無ければありえないと思えるわけだ。そして、「戦国武将の実力」を読めば、義元は領国の商家に随分な自由を与えつつ年貢収入を増やし、国を周辺国に比べて一際豊かに運営したのみならず、第二次川中島合戦において武田信玄上杉謙信の和睦調整を成立せしめるだけの実力を持っていたこともわかる。

 

そんな義元の名君ぶりを本作は描く。ADHD気味に描いているのは信長なら従来からあったが、義元では新鮮。もちろん義元の人物像は作者の想像ではあるが、こんな人ならば、上記の領国経営の巧みさ、雪斎が常に側にいたこと、岡部孝信のような家臣が忠義を誓い(彼は織田方から首を返還せしめたのだ。義元が暗愚だったらそんなことしないだろう)闘ったことも納得がいく。それに義元は史実でも勇壮だった。織田方武士毛利新助に首を取られるわけだが、彼の前に斬りかかってきた武士には手傷を追わせているわけで、軟弱じゃなかったのよ。

 

 

本作は勿論若き信長も丁寧に描く。信長が銭の確保に領国の安定を、支配の拡大を約束することを見抜いた過程を描き、ココらへんも、武芸のみが強調されて描かれがちな他作品との違いだろう。生駒の方との恋愛もまた新鮮。

 


さてさて、本作では事あるごとに強調されるのが戦国時代は実は小氷河期にあたっており、普段は雪など見られない場所時期にも雪が振り,それがため米の収穫が劣り、飢饉に見舞われた大変な時代であったことである。そういった視点が無いと、戦国大名たちが群雄割拠した時代の成立要因がわかりかねるというのはずっと昔に習いたかったことだな。

blogos.com

 

著者の宮下英樹は現地取材を入念にしている漫画家だが、あとがきにこう書く。


今川義元という人物との出会いは、格別に幸せなものでした。義元を知れば知るほど、同時代の誰よりも先進的で、カリスマを備えた大名だと強く感じるようになりました。」


本作を読めば自分も一度墓所に手を合わせたくもなる。
そう、義元は戦時においても自軍の兵士に戦闘地での略奪、強姦、暴行行為などを許さなかったという。現代的価値観から見ても素敵な人だと想像できるというものだ.

 

 

信玄の軍配者(上) (中公文庫)

信玄の軍配者(上) (中公文庫)

 

 

山本勘助の名前をよく知らないとさ、本書を読んで、足利学校すげーとか、親友たちが北条や上杉のもとで活躍してて、なんだかすんごい友情話が戦国期にあったのね、と感嘆してしまうが、創作ですよね。そもそも勘助自身の存在がどれだけのものだったかもわからないので、まあ勘助に仮託した戦国小説ですな。語り口は上手いし、面白いですよ。うん。勘助の苦労には泣かせられます。でもでも実際にはどうだったんだよう??と思ってしまう私はひねくれ者ですみません。もう一度言いますが、面白い良い小説です。でも完全なフィクションです。これで山本勘助像を頭に作ってはいけません。

 

 

王になろうとした男 (文春文庫)

王になろうとした男 (文春文庫)

 

 

義元を屠った毛利新助のことを知りたくば。かっこいいですよ。不器用だけど。親友だった(ほんとは?)塙直政との生き方との対比、よく書けてますね。

 

 

 

 

ペルー日本大使公邸襲撃事件の話

あのペルー日本大使館襲撃事件の話。著者は自ら人質でもあり、当時は元ペルー海軍の提督、後にアラン・ガルシア政権で副大統領になった人。事前にNHKの日本人人質の回想を読んでいたのだが、日本人は事件解決に置いては完全に蚊帳の外に置かれていたので、あの時何が起きていたのかはよくわからなかった。本書で、初めてフジモリ政権が具体的にどのように作戦立案をし、そして中の人質の暮らしぶりと、果たした役割が理解できる。著者を含めた多くの人質が理性を保ち、126日もの長い間1人の犠牲者も出さずに過ごしたのだから凄いことなのだ。

 

日本大使公邸襲撃事件―占拠126日と最後の41秒間

日本大使公邸襲撃事件―占拠126日と最後の41秒間

 

 

とはいえ、あの事件に関しては以前より様々なわだかまりを持つ。例えば日本政府が蚊帳の外に置かれ、非常に情けない役回りしかできなかったこと(という認識)、日本人は人質に置いても蚊帳の外だった件(という認識)、そしてテロリスト全員射殺というのが正しかったのかどうか、など。

 

 

全員射殺に関して釈然としない感情を持ってしまうのは、彼ら全員が筋金入りのテロリスト(MRTA)というだったわけではなく、半分は山の奥地で誘われた10代の少年少女だったからだ。彼らはそもそもMRTA幹部たちと違って政治思想を強く持っているわけでもなく、人質の、特に日本人たちと親しくなってしまったりする。そのうちの少女1人は本書の著者いわく日本人の若者と恋仲になってしまった。そして彼女は最終局面で日本人を撃つことに躊躇し、引き換えしたところを突入部隊によって射殺されるのだ。非常に切ない場面で、悲しい気持ちにならざるを得ない。彼らはあまりに純朴で、この仕事(大使館立てこもり)が終わったら、ペルー軍に入るとか、日本に行く、とか言っていたらしい。脳天気もいいところ、というか騙されて連れてこられたようなもんなのだ。

 


とはいえ、突入軍の方針である全員射殺は状況を考えれば致し方ない作戦なんだろう。誰が襲ってくるかわからないわけだし。事件解決後、ペルーでは反フジモリ派が力を持ち、突入軍の「罪」が問われてしまうのだが、それは理不尽だろうと感じる。突入軍の指揮官バレル中佐は逃げ出す人質をかばってあっという間に殉職もしてしまい、読んでいてその場面が一番辛い。

 


ペルー政府、すなわちフジモリ大統領の非情ぶりは、著者によっても人質の立場としてはという但し書きで強調されるが、そこの是非はかなり微妙に感じる。確かにあのときの橋本政権のものの言いようは、本書冒頭で佐藤優が非難気味に述べるように軟弱でテロ対策をわかっていない、と言えそうだが、そうはいってもあれがあったからこそフジモリ政権も強行策実行まで随分待ったし、テロリストと交渉しないというのも、決して世界標準ではないこともわかる。ある意味、この事件では日本人の甘さが結果的には人質の命を救ったと思えてしまうのは私だけか。

 


また、日本人人質たち。恐らく著者を始めとした日本人達以外からすると余りに無防備で、かつテロリストたち(彼らはゲリラとみなされたかったらしい)と親しくなりすぎに見えただろう。でもそれがあったからこそ、テロリストも土壇場で人質を殺せなかったのだ。テロリストたちがプロ的でなかったのも幸運だったが、事件解決に蚊帳の外的だった日本人も実は人質全員無事(正確には解放後に1人死亡)に果たした役割は大きかったのではないか。無意識なればこそだけども。

 

 

 

これは日本人商社マン側からの人質事件。ジャンピエトリの本では非常に影の薄かった、日本人民間人の物語。

 

頑張りましたね。日本赤十字の看護婦さんたちが役立たずと思われながら、トイレ清掃に頑張ったお話など日本人としては複雑だが大事な役割を果たしてくれたことには感謝。

 

 

封殺された対話―ペルー日本大使公邸占拠事件再考 (20世紀を読む)

封殺された対話―ペルー日本大使公邸占拠事件再考 (20世紀を読む)

 

 

こちらはジャンピエトリには甘いと言われそうだが、テロリスト全員射殺に対する違和感を、人質当事者として抱き続けている側から。

 

実はまだ読みかけだが、ジャンピエトリ本はあくまでも制圧側からの視点でテロリストそれぞれを書いているが、本書では1人の人間として彼らが実際どのような背景のもとに育ち、ああいった行動に至ったのかがより重層的に描かれている。

 

部外者としてはやはり日本人の感覚は甘いのか、という部分を捨てきれない、いや自分も本書の小倉氏のように釈然としないと思うんですよ、ああいう完全制覇は。一方では勿論、人質全員救出できたことは称賛すべきとわかってはいるんですが。

 

ペルー兵士が突入した際に、テロリスト側の女性が日本人人質に銃口を向けながら結局撃たなかったのは、日本人の甘さが役立ったんじゃないかなあ。

 

ところで、ジャンピエトリ本でテロリストと日本人の若者が恋仲になったと書いてあるけど、一体誰なんですか。

 

 

19歳の殺人

 1992年3月に市川の一家四人が殺害されるという衝撃的な事件があった。

 

市川一家4人殺人事件 - Wikipedia

 

本書は死刑判決の確定したその犯人に対する交流の記録である。どうしてそんなことになったのか、当然ながら筆者は犯人の生い立ちにも理由を求め、アルコールで身を持ち崩した父、1人で頑張って犯人と弟の生活を支えた母、その母子家庭に温かい目を注いだアパートの大家夫婦などのエピソードを重ねていく。少年時代の犯人の生い立ちを読むと、その過酷な試練に同情せざるを得ない。また、そんな中で少なくても小学校時代までは素直な、到底後に凄惨な殺人を引き起こすようには見えない。おかしな方向に転がっていくのは、身体的にも強くなった中学生時代に良い環境が周囲になかったようには見える。

 

19歳 一家四人惨殺犯の告白 (角川文庫)

19歳 一家四人惨殺犯の告白 (角川文庫)

 

 

私は職業柄、犯罪を犯した犯人の精神鑑定書を読む機会もあるが、確かに多くの犯人がそのような過酷な幼少期を過ごしていることは多い。そう考えると良い環境、良い大人、良い教育に恵まれればそんな犯罪を起こさなかったように思えてしまう。

 

当然筆者もそうだが、犯人自身がそんなことは無いと真っ向否定する。5歳下弟も、同じように過酷な環境下で、しかも犯人である兄にはひどく暴行を受けて育ちながらも穏やかで犯罪行為とは無縁な状態にあることを引き合いにだし、自分には「生まれ持った犯罪者としての根っ子の部分は、永久に変えられない」と語る。

 

犯人自身のこの告白は興味深い。これまでの犯罪研究を考えると、後天的ではなく先天的に犯罪に向かう志向があること、すなわち遺伝的に規定されている部分があることは確かにありそうで、犯罪予防を幼少期から行うことが確立されないと、同じような悲劇は今後もあるだろうとは思う。

 

さて、大量殺人を犯した犯人の犯行への振り返り、拘置所内での行動に筆者は違和感を募らせる。今更反省しても殺した人間たちが返ってくるでもなく、読経はするが、そういった行動は自己満足に過ぎないと語り、自分の周りにいた大人たちへの恨みを語る、そういった犯人に筆者は落ち込んでいく...。

 

どうだろう、筆者はどうも犯人にわかりやすい反省と悔恨の情を求め過ぎな気がして、読んでいてそっちの方に違和感を感じもした。殺された側の家族としては、何があったって癒やされるものではない。犯人の心情は「おかしい」かもしれないが、実際その通りでもあり、だからこそ犯罪というのはやりきれない、あってはならないものだと感じるのだが。そういう意味で筆者のナイーブさにはやや残念が気もしたが、とまれ読んで良かった。

 

抗NMDA受容体脳炎、ペイパル創業者、山野井泰史、数学の天才

 

脳に棲む魔物

脳に棲む魔物

 

 

これはすごい。

著者、スザンナ・キャラハンは本にある病気になった時24歳。
訳者のあとがきにあるように、本書の構成は、前半が著者の次第に悪化していく詳細な精神症状と、医師による相次ぐ誤診、診断が確定されない中どんどんと精神状態が悪くなっていくさまと困惑する周囲の記述は、ホラー小説を読むかのよう。

 

実は私は読む前から診断名を知っていたし、精神科医でもあるので、この前半は読み進めることが非常に辛かった。我が身を振り返っても、24歳という若さで幻覚・妄想が出て来た場合、統合失調症ないしは双極性障害と診断してしまう可能性は高い。あえて言えば、突然の発症、それまでの社会適応からして、『この人がこんな症状を呈するのだからそこには何かがあるには違いない」という確信が持てた時に、見かけの症状からの診断を疑うことができ、徹底的な検査を繰り返すだろう。

 

スザンナ・キャラハンは何度も、精神疾患の確定診断から長期に不毛な治療へと導入される危機にさらされた。高名な神経科医からきっとこれは器質的な(身体に原因のある)疾患だと疑われて血液検査を受けても正常だったこともあり、一時は匙を投げられる。本人が書くように、本当にたまたま同じ病気を疑える病理に詳しい医師に出会えたこと、その医師でさえ3年前に経験していなければ果たして診断が出来たかわからない。

 

診断に至るまでの間、離婚してバラバラだった両親との絆、そしてボーイフレンド(恐らく彼も若いだろうに!)の示す彼女への献身的な愛情が本人を支え続けた。信じがたいほどの彼女への愛と信頼だと感じられた。諦めなかった彼らに感動する。

 

 

映画化されてるんだ。へえ。

eiga.com

 

HARD THINGS

HARD THINGS

 

 

昔懐かしいネットスケープナビゲーター開発者が書いた本。経営術だが、正直で実践的な内容をblogに書いていたのを本にしたようだ。

彼は今成功しているファンドマネージャーとして認識されているが、たとえ、現在が成功した経営者であっても、その過程は平坦ではなく、絶望し、破滅の一歩縁まで足をかけている状態を経験しているようだ。

筆者はその時の心情を赤裸々に書くと同時に、極めて実践的なアドバイスを限界を示しつつ読者に提示する。
私にとっては、これまでやってきた仲間である親友を切る、袂を分かつ、そのやり方が大いに参考になった。

 

ベン・ホロヴィッツは今や成功投資家らしい。投資家ってどうやってなるのよ。

 

垂直の記憶 (ヤマケイ文庫)

垂直の記憶 (ヤマケイ文庫)

 

 

山野井泰史氏は、登山好きな人なら多くの人が知る日本というか世界を代表するクライマー。テレビの情熱大陸で紹介されたことがあり、動画検索してまずはどんな人かを知ってもいいかもしれない。妻の妙子氏も世界的なクライマーであり、夫婦2人で難所にアタックしている。

 

夫婦共に、手足の指の多く(妙子氏はほとんど全部)を凍傷で切断しているのだが、特にその原因になったのが、2002年ギャチュン・カン北壁へのアタック。その様子は、沢木耕太郎「凍」にも描かれていた。「凍」で私が印象に残っているのが、8000mに迫らんとする断崖絶壁でロープをブランコのようにして夫婦2人耐え忍んだ情景。

 

本書ではその、凍傷で指を失ったアタックの様子を本人、一部は妙子氏の記述を交えつつ知ることができる。

 

なんつーか、ギャチュン・カン北壁へのアタックも、妙子氏の調子が上がらず、「降りる」といっても泰史は普通に頂上までのアタックを続行するし、雪崩にあって妙子氏が落下したなかで、泰史は助けに向うわけだが、目も見えなくなるわ、厳寒の中で指先で岩肌を探るために既になるわ、ともう読んでいられないような記載が満載で、心臓に悪いったら。

 

絶壁を降りきった後も、仲間の居るキャンプまでは氷河上を延々と歩く必要があった。食事も殆ど出来ず、体力は限界な中、最後に泰史は歩みの遅い妙子氏を置いてキャンプまで先行することを決め、生きて再会できるかわからない妻の写真を撮る。2人とも生きていることを知って読んでいるはずなのに、本当に大丈夫なのかという気持ちが頭を離れない、そんなギャチュン・カンのアタックが最終章。

 

他の章でも泰史氏のほとんどがソロ(単独)で難所へのアタックをする中での氏の思考過程やら、名クライマーならではの技術的記載などがあって、時折読むのが辛くなりつつも夢中で読める。

 

泰史氏は、山で死ぬことが出来たら後悔しないようだが、頼むから死んでほしくないと、一読者として強く思う。

 

 

凍 (新潮文庫)

凍 (新潮文庫)

 

凍はこっち。文章は作者らしくかっこいい。読んだの昔なので、印象に残っているのは、絶壁ブランコのみ。

 

天才の栄光と挫折―数学者列伝 (文春文庫)

天才の栄光と挫折―数学者列伝 (文春文庫)

 

 天才といえば数学者。

 

著者はすでに「心は孤独な数学者」において、ニュートン、ハミルトン、そして史上最大の天才ラマヌジャンについて1冊にまとめているが、本書はそれを凝縮してさらに関孝和、ガロワ、コワレフスカヤ(女性!)、チューリング、ワイル、そして現代のワイルズを加えている。どの人物も大天才であり、そして著者が栄光と挫折と書いている通り、ワイルズを除けば、最後は挫折や苦悩の中で亡くなった一生を送っている(というかそういう風にまとめている)ために読後感としては切なさが残る。ワイルズだって、サイモン・シンフェルマーの最終定理」にもあるように、証明をもたらした谷山・志村予想をめぐる逸話は哀しすぎる。


関孝和について、彼は沖方丁天地明察」で名を知られた渋川春海と同時代に生きていたことは小説でも印象的に語られていたが、本書での春海との間柄は小説のそれとは全く異なる。本書の著者にとって、数学をしっかりと理解していなかった春海は無能に思えるらしく、関のような天才と並び称すことは許せないし、小説にあるような形で関が春海を見守ったとは絶対に思えないようだ。「天地明察」を読んだ方は、2人の間柄についてここまでコントラストが違うことに興味が湧くのではなかろうか。

 

天地明察(上) (角川文庫)

天地明察(上) (角川文庫)

 

噂の天地明察はこちら。 ちょっとした記述の間違いは、気になってしまう。ストーリーは面白いですよ。

 

 

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

 

で、アンドリュー・ワイルズ が如何に証明したかを綴っているのがこれ。ノンフィクションのオールタイム・ベストの1つ。いつかご紹介。